大阪高等裁判所 昭和55年(う)335号 判決 1980年5月30日
主文
本件控訴を棄却する。
理由
本件控訴の趣意は、弁護人中村康彦及び同日下部昇共同名義の控訴趣意書に記載のとおりであるから、これを引用する。
控訴趣意第一点(法令適用の誤の主張)について
論旨は、要するに、外国人登録法(以下、外登法という。)三条一項、一五条の二、同法施行規則二条一項、三条一項等の規定の仕方及び申請手続の実際によれば、不法に入国した外国人が同法三条一項の新規登録の申請をする場合、旅券を提出できず、申請書に記載を要する旅券関係事項及び「上陸した出入国港」「上陸許可年月日」「在留資格」「在留期間」を記入できず、そのこと自体が不法入国事実の告白であるのみならず、その間の事情を陳述書、理由書により、あるいは市町村職員の質問によつて明らかにせざるをえない仕組みになつているので、これを実質的にみれば、不法入国者のする新規登録の申請は同時に不法入国事実の申告そのものであるから、不法に入国した外国人に同法三条一項、一八条一項一号の規定を適用すると不法入国者に不法入国事実の自白を強要することになつて憲法三八条一項で保障された自己負罪拒否の特権を侵害することになるので、外登法三条一項、一八条一項一号は不法入国者には適用がないと解すべきであるのに、これに反してこれを適用した原判決には法令適用の誤があるというのである。
調査するに、なるほど、不法入国した外国人が新規登録の申請をする場合、旅券を提出することができず、申請書に旅券関係事項及び「上陸した出入国港」「上陸許可年月日」「在留資格」「在留期間」を記入できない結果これらを空欄のまま提出せざるをえないこと、そしてその場合には実務上所論のような陳述書、理由書の提出を求められる実情にあることは所論のとおりであるが、申請に当つて旅券を提出できないこと、前記事項を記入できず空欄のままの申請書を提出することがそのまま不法入国事実の告白、申告であるとはいえない。けだし、旅券の不提出が不法入国事実の告白でないのは、自動車運転免許証の不提示が直ちに無免許で運転した事実の自白でないのと同じであり、申請書に空欄の部分があることはあくまで当該事項の記載がないというだけであつて、それ以上の意味を持つものではないからである。また、申請書の前記記載事項及び陳述書、理由書の記載事項は、いずれも申請の内容を明らかにして登録の正確を図る目的で、かつその限度で記載が要求されているものであり、その記載要求に応ずるか否かはあくまで申請者の自由な意思にまかされており、これに応じないからといつて新規登録の申請がないものとされたり、記載義務違反により処罰されるわけのものでもない。旅券を提出しなかつたり、記載事項に空欄のある申請書を提出することなどが、実際上、不法入国事犯の発覚の契機となる可能性のあることは否定できないけれども、それは市町村職員、入国審査官らによる捜査機関への告発をまつて間接的に捜査の端緒となるにすぎないのである。このように、不法入国者に外登法三条一項、一八条一項一号を適用してもこれに不法入国事実の告白を強要することにはならないというべきである。
原判決には所論のような法令適用の誤はない。論旨は理由がない。
控訴趣意第二点(事実誤認の主張)について
論旨は、要するに、被告人が新規登録の申請をすれば不法入国の事実が必然的に露見し、それは出入国管理令二四条一号の強制退去事由に該当して強制的に韓国に送還されてしまうに至るから、被告人に対し「上陸の日から六〇日以内に」右の申請を期待することは不可能であるのに、これに反する事実を認定した原判決には事実誤認があるというのである。
しかしながら、被告人が韓国から本邦に不法に入国し、強制送還をおそれてそのまま新規登録の申請をしなかつた事情は所論のとおりであるが、不法に入国した外国人のする新規登録の申請が直ちに不法入国事実の申告を意味するものでないことは前記のとおりであり、それが不法入国事犯の発覚の契機となる可能性は否定できなかつたとしても、かならず強制退去させられるものでもなく、そこには行政当局の判断による特別在留許可を受けうる余地も残されていたのであるから、被告人に対し本邦に上陸した日から六〇日以内に外登法三条一項の新規登録の申請を期待することが全く不可能であつたとまでは認められない。
原判決には所論のような事実誤認はない。論旨は理由がない。以上のとおりであるから、刑訴法三九六条により主文のとおり判決する。